僧帽弁閉鎖不全症は、心臓内の弁が変性して閉じることができなくなり、血液が逆流してしまう病気で、小型犬に多いことが知られています。
症状としては、軽度の場合は見た目には分からず、進行すれば、呼吸が早くなる、咳が出る、疲れやすい、呼吸困難、チアノーゼ、失神といった症状が見られます。
ACVIM(American College of Veterinary Internal Medicine:米国獣医内科学会)の犬の粘液腫様僧帽弁疾患の診断・治療に関するガイドラインが、2019年に改訂されました。
改訂版のポイントとしては2つあります。
ひとつは心不全の症状がでる前段階での治療をはじめることで、うっ血性心不全の発症や心臓病死を遅らせることができるということです。
つまり症状が出る前に健康診断などで心臓マーカーの測定をしたり、心雑音を見つけ、心エコーやレントゲン撮影を行って、治療開始の基準に該当すれば治療を行うことが推奨されます。
もうひとつは、限られた施設での実施にはなりますが、外科手術で僧帽弁を修復する根本的な治療が推奨されている点です。
【心臓の構造と血液の流れ】
心臓は4つの部屋(右心房・右心室・左心房・左心室)に分かれています。
全身から静脈を通って帰ってきた血液は右心房に戻され、右心室へ、そこから肺動脈を通って肺に向かいます。
ここで新鮮な酸素をもらい、肺静脈を通り左心房に戻ってきます。
左心房から、左心室へ行き大動脈を通って全身に向かい、各臓器に酸素を届けるのです。
古い血液と新しい血液が混ざってしまっては困るので、一方通行になるように、各部屋の間には弁という仕切りがあります。
このうち左心房と左心室を仕切っているのが、僧帽弁です。
【原因】
原因は明らかになっていませんが、僧帽弁が厚くなったり変形することで、仕切りの役割ができずに血液が逆流してしまいます。
小型犬に多く、遺伝的に罹りやすい犬種がいます。
キャバリアは比較的若齢で発症すると言われ、4歳以上では42~59%に心雑音が聴取されるという報告があります。
他の好発犬種としては、ダックスフンド、ミニチュア・シュナウザー、トイプードル等がいます。
また加齢に伴い発症率が増加し、13歳以上では僧帽弁逆流の心雑音が30~35%で認められるという報告や、弁膜病変が最大で85%において認められるという報告があります。
【症状】
この病気は数ヶ月から数年かけてゆっくりと進行することが多いですが、急速に進行して悪化する場合もあります。
逆流が軽度の初期では、症状を示しませんが、次第に動物病院で行う聴診で心雑音が聞こえるようになります。
さらに進行すると、散歩の時や興奮した時に、咳が出たり呼吸が早くなったりします。
これらは徐々に進行することが多いため、「最近疲れやすいけど年のせいかな?」と思ってしまう飼い主さんも多くいらっしゃいます。
咳は血液の逆流により左心房が拡大し、気管支を圧迫することなどから、呼吸が早くなったり疲れやすいのは、心臓が一度に全身に送れる血液(酸素)が少なくなることから生じます。
しだいに安静時にも上記のような症状がみられ、さらに逆流が重度になると、呼吸促迫・呼吸困難となります。
これは、左心房に逆流する血液が多くなった結果、左心房の圧が高まり本来なら肺から左心房に血液が送られるところ、肺の部分で血液が渋滞してしまい、肺のうっ血・水腫を起こすためです。
また循環障害のため粘膜が青紫になるチアノーゼ、失神、ふらつきなども見られます。
弁を支えている腱索が切れたり、左心房が破裂した場合は、急性左心不全の症状を示すことがあり、突然死することがあります。
【診断】
身体検査では、左心尖部を最強点とする心雑音が聞こえます。
血液検査で心臓マーカーを測定することで心臓への負荷の程度を確認できます。
心エコー検査では、左心房・左心室の拡張が見られ、僧帽弁が肥厚し、結節状になったり、進行すると左心房側に位置するようになります。
またカラードップラー法を使用し、逆流を確認したり、僧帽弁を通る血流速度の測定を行います。
X線検査では左心房・左心室の拡大や肺のうっ血・水腫が見られます。
ACVIMガイドラインでは、心臓の形態の変化と症状で4つのステージ(A,B,C,D:Dが最も重症)に分類し、さらにBをB1とB2に分けています。
例えば、ステージB2は聴診での心雑音の強度、エコー検査やX線で調べた左心房の大きさや左心室の内径、心臓の大きさに関しての数値基準があります。
診断では全身状態を把握し、他の病気との鑑別診断を行った上で、僧帽弁閉鎖不全症と考えられる場合は、どのステージなのかを基準に照らし合わせて考え、治療方針を決めていきます。
実際は、全ての数値基準を超えなくても症状が目立つ場合があるなど様々なので、個々の状態に合わせて対応することが大切です。
【治療】
内科的治療では主に薬を使って生活の質の向上と寿命の延長を目指します。
僧帽弁逆流を軽減し、肺うっ血の予防または軽減、心拍出量を維持し合併症の予防するために行います。改定されたガイドラインでは、ステージB2からの治療の介入が効果的としています。
個々のステージ、状態で治療に用いる薬剤や投与量は異なりますが、使用される薬剤の例としてピモベンダンという強心作用と血管拡張作用のある薬や、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)、利尿薬、血管拡張薬、鎮咳薬、鎮静薬等があります。
また食事療法としてカロリー摂取量や塩分摂取量を管理します。
明らかな肥満の場合は心臓の負荷を減らすために徐々に適正体重に戻す場合があります。
一方痩せてしまうのも予後に影響するため、体重維持のための工夫をします。
また心不全の症状が強い場合は、運動制限をします。
外科的治療として、最近では犬でも僧帽弁形成術等を行うことができるようになりました。
小型犬の心臓はとても小さいため心臓外科の専門技術が必要であり、最新の設備やスタッフ体制が万全な限られた施設でしか行うことができません。
現在のステージと手術、術後のリスク、そして費用面などを考えなければなりませんが、外科手術では根本的な原因の治療が期待でき、逆流自体を少なくできます。
希望される場合は専門病院へ当院から紹介も行っております。
患者さんの中には、実際に手術を受けて劇的に改善した子もいます。
ガイドラインでは、特に好発犬種を含む小型犬では定期的な検診を受けることが推奨されています。
大型犬でも罹ることがあり進行が早いため体の大きさに関わらず検診で心雑音の有無やエコー検査などを受けておくのがよいでしょう。
早めに発見することで、適切な治療を受けることができます。